岐阜大学、世界で初めて 受容体型チロシンキシナーゼKitの脳形成における重要な役割を発見

受容体型チロシンキナーゼKit(キット)は、細胞外からのシグナルを細胞内に伝達し、細胞の様々な性質を調整するリン酸化酵素の1つとして知られています。Kitには組織・器官の発生や再生に必要な幹細胞の増殖・分化に重要な役割があることが分かっています。Kitの機能が失われると、白斑症などの色素異常、重篤な便秘、貧血、不妊を引き起こし、逆にKitの機能が過剰になると、がんの原因になることが知られています。ところが、これまではKitが最も多量に発現する脳において、どのような役割を果たすのかが明らかにされていませんでした。このたび、岐阜大学大学院医学系研究科の青木仁美講師、原明教授、國貞隆弘教授は、Kitが脳の形成に重要な役割を果たすことを世界で初めて発見しました。この研究論文が米国臨床研究学会「JCI insight」に2017年10月5日に掲載されました。
本研究では発生初期(胚生8.5日前後)の脳神経領域に限りKit遺伝子の機能を失わせる変異を誘導する遺伝子操作マウス(以下、「条件付きKit変異マウス」という)の成育を確認したところ、例外なく脳の成長が進まず、脊髄や目も正常なマウスに比べて非常に小さく、胎児期にすべて死亡しました。さらに、これらのマウスの神経幹細胞を調べると、その増殖に異常があることが分かりました。この結果から、Kitのシグナルは脳の発生および形成に重要な役割を果たしていることが、世界で初めて明らかになりました。

●本研究における発見:Kitは脳の発生および形成に重要な役割がある
これまでに、受精卵の段階で既にKitの機能を失っている突然変異マウス(以下、「Kit変異マウス」という)には、色素細胞や血液細胞に異常が生じ、白斑や貧血などの症状が現れますが、脳神経には異常が見られませんでした。そのため、Kitが脳に与える役割が不明で、Kitが脳に多量に発現する理由が謎に包まれていました。
本研究は、条件付きKit変異マウスでは、脳の成長が進まないことを示し、Kitのシグナルが脳の発生および形成に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
なお、条件付きKit変異マウスの症状は、両親に依頼する2個のKit遺伝子のうち1個が変異しただけで現れます。つまり、この変異は優性(顕性)遺伝し、Kitシグナルが半分になるだけで脳神経細胞が死んでしまうことを示しています。

●条件付きKit変異マウスの樹立方法
条件付きKit変異マウスは、片親由来のKit遺伝子の機能発現に重要な部分を、脳神経領域に限定的に、脳の形成が始まる胚生8.5日前後にノックアウトさせることで樹立しました。
Kit遺伝子の機能発現に重要な部分のノックアウトはCre-loxPシステム※により行いました。ノックアウトを脳神経に限定的に引き起こすために、Cre(遺伝子組み換え酵素)をSox1遺伝子(脳神経に特異的に発現する、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進する転写因子)の転写調節配列と連結しました。すると、脳神経だけで発現したCreが、脳の形成が始まる胚生8.5日前後に発現し、Kit遺伝子がノックアウトされます。
※ Cre-loxPシステム:loxPはCreが認識する34塩基からなるDNA配列。Creは遺伝子組み換え酵素。遺伝子の中で切り離したい箇所の開始点と終了点にそれぞれloxP配列を挿入すると、Creは2つのloxPを認識し、その間の遺伝子を切り出して破壊する。

●なぜ受精卵段階でKitが変異していたマウスは脳に異常がないか
受精卵段階でKitが変異していたKit変異マウスは、なぜ脳に異常が見られないのでしょうか。本研究はそのことを分子レベルで説明するまでには至っていませんが、仮説としては、受精卵(きわめて初期の胚)の段階でKitに異常があると、Kitの機能を代替する遺伝子が代わりに発現することで、脳の成長が誘導されると考えられます。なお、代替遺伝子は色素細胞や血液細胞では発現が少なく、Kitの異常をカバーしきれずに白斑や貧血などの症状が現れると考えられます。
条件付きKit変異マウスの場合は、受精後8.5日前後まではKitの機能が正常だったにも関わらず、突然Kitの機能が失われるため、Kitのシグナルに依存していた神経幹細胞が増殖せず死んでしまうと考えられます。

●本研究が示唆すること:遺伝子の未知の機能の発見
Kit以外にも、発現が認められるのに機能が明らかではない遺伝子は数多く存在します。マウスの全遺伝子の2/3は機能を失わせても異常が観察されなかった、という報告もあります。本研究結果から類推すると、これらの遺伝子は必要ないのではなく、実際にはどこかの組織・器官で使われており、受精卵の段階でこれらの遺伝子の機能を失わせた場合は、別の代替遺伝子が発現するため、異常が観察されないと考えられます。今後、この予想を他の遺伝子でも確認することで、数多くの遺伝子に関して今まで明らかにされていない新しい機能が発見されることが期待されます。

【論文情報】
タイトル:Induced haploinsufficiency of Kit receptor tyrosine kinase impairs brain development
論文著者:青木仁美1(筆頭著者)、原明2、國貞隆弘1(論文責任者)
 1 岐阜大学大学院医学系研究科 組織・器官形成分野
 2 岐阜大学大学院医学系研究科 腫瘍病理学分野
掲載雑誌:JCI insight, DOI: 10.1172/jci.insight.94385
論文公開URL:https://insight.jci.org/articles/view/94385

【研究者プロフィール】
青木 仁美(AOKI, Hitomi)プロフィール
岐阜大学大学院医学系研究科 組織・器官形成分野 講師
<略歴>
2003年 岐阜大学農学部生物資源生産学科卒業
2005年 岐阜大学大学院医学研究科再生医科学専攻博士前期課程修了
2007年 日本学術振興会特別研究員
2008年 岐阜大学大学院医学研究科再生医科学専攻博士前期課程修了
    (博士(再生医科学)、岐阜大学)
2009年 岐阜大学大学院医学研究科再生医科学専攻 助教
2013年 岐阜大学大学院医学研究科再生医科学専攻 講師

原 明 (HARA, Akira)プロフィール
岐阜大学大学院医学系研究科 腫瘍病理学分野 教授
医学博士、病理専門医、細胞診専門医、再生医療認定医
<略歴>
1986年 岐阜大学医学部医学科卒業
1986年 岐阜大学医学部附属病院研修医(脳神経外科)
1992年 岐阜大学大学院医学研究科博士課程修了
1992年 岐阜大学医学部助手(脳神経外科)
1995年 岐阜大学医学部助手(第一病理学)
2000年 WHO国際がん研究機関客員研究員(Molecular Pathology)
2001年 岐阜大学医学部助教授(第一病理学)
2004年 岐阜大学大学院医学系研究科助教授(腫瘍病理学)
2008年 岐阜大学大学院医学系研究科教授(腫瘍病理学)
2012年 岐阜大学大学院医学系研究科 副研究科長・副学部長

國貞 隆弘 (KUNISADA, Takahiro)プロフィール
岐阜大学大学院医学系研究科 組織・器官形成分野 教授
<略歴>
1980年 京都大学理学部卒
1985年 京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学
1985年 理学博士(京都大学)
1985年 京都大学研修員(日本学術振興会奨励研究員)
1986年 米国国立衛生研究所(NIH, NIA)客員研究員
1988年 熊本大学医学部講師
1993年 京都大学医学部講師
1995年 鳥取大学医学部助教授
2001年 岐阜大学医学部教授

サービス詳細URL:https://www.gifu-u.ac.jp/about/publication/press/20171006.pdf

▼問い合わせ先

国立大学法人岐阜大学

〒501-1193 岐阜市柳戸1-1

TEL:05037170758

FAX:0523081868

https://www.gifu-u.ac.jp/

国立大学法人岐阜大学のプレスリリース一覧